三宅 芳夫 on Nostr: ...
仏の極右指導者、ジャン・マリー・ルペン死去。NHKでも、読売でも「極右」となっているのは、「朝日」は頑なに「極右」と呼ぶのを嫌い「右翼」指導者としているらしい。
「朝日」は先年、東大先端研に天下った国末憲人氏が東大教授遠藤乾氏とコンビで、長く仏の政局を解説。
ここで、EUを新自由主義的に統治する「賢人」達への反対者を「左右のポピュリズム」と呼び、マリーヌ・ルペンのFNと左派の新自由主義批判をあたかも対称性をもつかのように描いてきた。
これは事実上、メランションの「服従しないフランス」をルペンのFNを「賢人達」の統治を理解しない同列のポピュリストと貶める効果をもつ。
それにしても、ジャン・マリールペンは「ホロコースト」や「広島長崎への原爆投下」を「たいしことない」と言ってのけた男である。
またインドシナ戦争へ志願した後、1950年代のフランスの極右ポピュリズム運動=プジャーディズムに参加。その後、アルジェリア戦争で、捕虜の拷問にも参加している。
WWIIにおける「ファシズム」を否定しない、という点において、仏では長く「政治の舞台」での「交渉相手」とは見做されない「極右」とされてきた。
WWII後の仏の右翼は基本ゴーリスト(共和派)。ただし仏でも戦後のこの構図が崩れようとしている。
「朝日」は先年、東大先端研に天下った国末憲人氏が東大教授遠藤乾氏とコンビで、長く仏の政局を解説。
ここで、EUを新自由主義的に統治する「賢人」達への反対者を「左右のポピュリズム」と呼び、マリーヌ・ルペンのFNと左派の新自由主義批判をあたかも対称性をもつかのように描いてきた。
これは事実上、メランションの「服従しないフランス」をルペンのFNを「賢人達」の統治を理解しない同列のポピュリストと貶める効果をもつ。
それにしても、ジャン・マリールペンは「ホロコースト」や「広島長崎への原爆投下」を「たいしことない」と言ってのけた男である。
またインドシナ戦争へ志願した後、1950年代のフランスの極右ポピュリズム運動=プジャーディズムに参加。その後、アルジェリア戦争で、捕虜の拷問にも参加している。
WWIIにおける「ファシズム」を否定しない、という点において、仏では長く「政治の舞台」での「交渉相手」とは見做されない「極右」とされてきた。
WWII後の仏の右翼は基本ゴーリスト(共和派)。ただし仏でも戦後のこの構図が崩れようとしている。