三宅 芳夫 on Nostr: ...
『消え去る立法者』、本論のモンテスキューの所まで精読したが、ここはちょっと「拍子抜け」というか失望した。
分量はかなりあるのだが、基本的に『法の精神』の特定部分の要約と僅かなコメントである。いくら「研究」の態をとった「批評」とは言え、これはあまりに中途半端である。
付け加えると、この要約の仕方に多いに問題がある。これは「仏文」ないし「現代思想」という仕切りに守られて、政治思想やいわんや法制史を論じてみせる、という(誤った)戦略の結果だろう。
勿論骨の髄からのマクロン主義者である遠藤乾東大政治学教授のように、「読みもせずに」持ち上げてくれる「有難い人」=「おめでたい人」もいるにはいた。しかし、これはただ「お目出たい」のではなく、要するに「論壇政治」である。
というわけで、なんだか精読して書評する気が挫かれたが、一度はじめたことなので、新年気を取り直して、モンテスキュー論の部分をまず取り上げ、次に問題のルソー論に進むことになるだろう。
ルソー論、「読まなくてもわかっているつもり」などと書いたけれども、精読してどんな結果になるか、今から少し心配である。
分量はかなりあるのだが、基本的に『法の精神』の特定部分の要約と僅かなコメントである。いくら「研究」の態をとった「批評」とは言え、これはあまりに中途半端である。
付け加えると、この要約の仕方に多いに問題がある。これは「仏文」ないし「現代思想」という仕切りに守られて、政治思想やいわんや法制史を論じてみせる、という(誤った)戦略の結果だろう。
勿論骨の髄からのマクロン主義者である遠藤乾東大政治学教授のように、「読みもせずに」持ち上げてくれる「有難い人」=「おめでたい人」もいるにはいた。しかし、これはただ「お目出たい」のではなく、要するに「論壇政治」である。
というわけで、なんだか精読して書評する気が挫かれたが、一度はじめたことなので、新年気を取り直して、モンテスキュー論の部分をまず取り上げ、次に問題のルソー論に進むことになるだろう。
ルソー論、「読まなくてもわかっているつもり」などと書いたけれども、精読してどんな結果になるか、今から少し心配である。