What is Nostr?
丸毛鈴 /
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2024-12-31 03:30:57

丸毛鈴 on Nostr: 海って不思議だなと思う。 ...

海って不思議だなと思う。

 海を見るぞ、見るぞとわくわくしながら目指すのに、いざ近づいてみると、空がだんだん広くなって、気がつくとその先に、光るさざ波が見えているのだ。「わあ、海だ」とは、思う。でも、その「わあ」は、たどり着くまでは、花火が上がったときの「わあ」。たどり着いてからは、「わあ、海があるぞ、そこにあるぞ。ずっとあるぞ」の「わあ」、なのだ。

 年末の鎌倉で個展を見た帰り、立ち寄った由比ヶ浜もそうだった。車一台がすれ違うのもやっとの細い道を抜けると、空が広くなって、国道と堤防が横切っており、その向こうに海があった。

堤防の手前には芝生の公園があり、子どもたちが遊んでいる。まだ紐も持てないような幼い娘と、その父親が揚げるオレンジ色のカイトが、冬らしく青く抜けた空を背景に、鮮やかに見えた。

「ほうら、揚がった、揚がった」

と父親がいうと、娘は見上げてから芝生の上ででんぐり返り、きゃっきゃっと笑うのだった。

 国道を渡る信号から、すでに「海」は始まっている。サーファーが信号待ちをしているのだ。体をぴったりと覆っているのは、この季節ならドライスーツだろうか。サーフボードを脇に抱え、寒さゆえか、海への気持ちがせくからか、足踏みをしている。

 信号を渡り、砂浜へと続く階段を降りる。

「あーっ! ダメだぁ」

先行する若い女性3人は砂に足を取られ、一歩ごとに困りながらも笑い合っている。なかのひとりは、ブーツを脱いでひっくり返し、砂を落としていた。
覚悟して砂浜へと足を踏み入れるが、スニーカーにはそれほど砂が入ることはなく、ただただ足がもったりと沈んで歩きにくい。ロングスカートのすそを持ち上げ、よいしょ、よいしょと波打ち際を目指す。

 長く続く砂浜の端、西に張り出した岬の先の低い位置に、太陽が輝いている。夕焼け一歩手前の太陽はまぶしく、あらゆるものが逆光になって、次々と海へ入っていくサーファーの姿は、おしなべて黒い。

 水平線の手前から、絶え間なくせり上がっては浜を目指す波と、その波頭。やがてそれは白いヴェールのような泡に縁どられ、わたしの足元へと打ち寄せる。
 沖合……というほどではないけれど、その波が立ち上がるあたりに、サーファーたちの頭が見える。ゆらゆらと揺られる彼らは、ときにサーフボードの上に立って、波を乗りこなそうとする。そのチャレンジは、逆光のなか、まるで影絵のように見える。

 水色にほのほのとした橙がまじった、不思議な空の色。紺碧の海、波、サーファーたち。時折、強い風が吹いて、わたしのスカートをばたばたとはためかせる。

西日のまぶしさに耐えかねて視線を砂浜に戻すと、フレンチブルドック2匹が遊んでいる。砂を跳ね上げながら、楽し気に飼い主のまわりをぐるぐると回っている。

 波打ち際を歩く。砂が濡れていると、かえって歩みを邪魔されることもないのだと気がつく。寄せて、また引いてを繰り返す波のギリギリを歩きながら、自然と視線が下に向く。靴の足跡。大きいのや小さいの。そこに肉球の跡。犬だ。靴、靴、肉球、そして裸足。きっとこれはサーファーのものだろう。大きさも形も違う足の跡。みんながそれぞれ、歩いて行った痕跡。
視線を上げれば、子どもが砂浜で見つけたものを得意そうに掲げ、先へ、先へと駆けていく。

 堤防の方へ転じると、やがて砂はすっかりと乾き、一歩、一歩が重くなる。その途中、潮風にあおられながら、一度だけ海を振り返る。水平線から波打ち際までが陽光に照り映え、不思議と平面的に見える。その空に、とんびが高く飛んでいる。

一歩、一歩と歩いて、アスファルトにたどり着く。ひどく穏やかな心持ちで、海って不思議だよなぁ、とあらためて思う。そうして、また、日常へと戻っていく。
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