🌠洛葉みかん/らくばみかん🔞 :skeb: on Nostr: ...

　私の町にはライブハウスがある。ライブハウスといってもZeppみたいな大きな箱ではなく、百人も入れば満員御礼の、ごくごく小さな箱だ。いわゆる地域に根ざしたライブハウスってやつだろうか。
　そのライブハウスに、私のよく聴くバンドがよく演奏しに来る。バンドといっても全国に名だたるバンドではないし、むしろこの一帯に少しだけ名の知れた町の有名人といったところだ。それによく聴くといっても、彼らのCD自体を聴いているわけではない。
　私は、彼らが目の前で直に紡ぐ、彼らが直に奏でる等身大の言葉と音――生のロックが、大好きだった。

　昔から、人に合わせて生きるのがとても苦手な性分だった。学校で同じ方を向いて勉強する意味も、テストで良い点数を取ることの意義も、何かに憧れて邁進することの理由も、全部分からなかった。当然幼い頃の私は浮いた存在だったし、それでいて勉強ができたわけでもないので、私の評価はおおむね『変な奴』だった。
　高校三年生の春。大学受験を間近に控え、クラスメイトが真剣に進路を考え始める頃でも、それは同じだった。みんなと同じように受験に打ち込むことができずに、私はずっと悶々とした日々を過ごしていた。いつだって自分の気持ちが優先されて、周りと同じように勉強することを本能が拒んでいる。それなのに考える頭と理性はどんどん発達していって、それは良くないことだという一般常識を突きつけてくる。
　もう子どもではないから、勉強の意義も、受験の大事さも頭では理解している。だから暴れだす本能を理性で無理やり押さえつけて、みんなと同じように振る舞う"ふり"をしていた。それでも、机に向かって筆を走らせている時間は、どこか空虚で上滑りのように思えた。この期に及んでなお、心の奥底ではこの受験に何の意味があるのだろうと疑問に思っていたのだ。

　そんな日々を過ごしていたある日、彼らと出会った。その日の彼らは雨の降りしきる夕暮れの軒下で、路上ライブを行っていた。たまに立ち止まる人もいるが、大体の人は一瞥するかあるいは目もくれずに立ち去るのみ。自分の在り方が分からなくなった私は、マイクや楽器を握る彼らの姿を不意に目に留めた。
　この人たちはいいな、やりたいことがちゃんとあって、それでいて気楽そうで。私なんか何もしたいことはないし何にも本気になれないし。そんなことを思ったのを今でも覚えている。
　私が足を止めたのはちょうど曲が終わり、次の曲を披露しようとするその最中だった。一曲だけ聴いたら帰ろう、そう思った。そんな私の思いは、たった三分半で覆った。
　アコギをかき鳴らして叫ぶ彼の姿は何かを訴えかけるようで、どこか生き急ぐような切羽詰まったような、そんな雰囲気をまとっていた。ベースの弦を弾く彼も、ドラムスティックを力強く振り下ろす彼も、そこにいた全員が真剣な表情で『音楽』をやっていた。
　そして、歌詞に強く心を打たれた。大人になれなくて、でも子どものままではいられなくて。誰にも理解されなくて、ずっと孤独で。そんなことを歌う人たちがいるだなんて知りもしなかった。もしかしたら私のための歌なんじゃないかと、そう思った。
　ライブが終わった後、私は彼らに声を掛けた。そこでそれが「ロック」であること、彼らがライブハウスで歌っていることを知った。

　時は流れて秋。異常なほどの暑さを乗り越えて、受験がすぐそこに迫ったこの日も、私は件のライブハウスを訪れていた。
　あれから何度も何度も彼らのライブを見に行った。その度に私のためみたいな歌を聴いて、たくさんの勇気をもらった。ロックの歌詞はこんなはみ出し者の人生も肯定してくれた。自分の気持ちを、本能を無理やり押さえつけなくてもいいんだって、そう教えてくれた。このライブハウスは、私が本能をさらけ出していい場所になっていた。
　カウンターでワンドリンクを頼み、ベルトに引っ掛けたホルダーに吊るす。時間が時間だからビールを飲んでいる客もいる。ここにいる全員が、日々の辛いことを全部忘れて本能を開放しに来たのかな。そう思うと少し嬉しかった。
　中に入れば現場特有の空気が私を包む。そろそろ楽しい時間が始まる。
『これから図書館で勉強会だけど来る？』
　スマホが震え、LINEに連絡が入る。
『実は用事があって。ごめん』
　ごめんね、みんな。明日からまた普通の人のふりをして、みんなみたいにちゃんと勉強するから。
　だから。だからね。


　今だけは、このエイトビートで踊らせて。