丸毛鈴 on Nostr: *** わたしたちは旅をし、拡散した。 ...
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わたしたちは旅をし、拡散した。
たとえば、とがった歯をもついきもの。
光の量が乏しくなり、わたしたちの葉が乾くころ、彼らは何かにせかされるまま、せっせせっせと地面に穴を掘る。そこにわたしたちを運び入れ、共に眠りにつく。彼らはときどき、そのとがった歯でわたしたちをかじり、冷えてかたまったあの水が地面を覆い尽くす季節をやり過ごす。
そうしてまたわたしたちが芽吹くころ、彼らは地面からはいだし、わたしたちの枝を、葉を揺らして走り回る。
彼らが巣をつくるのはあちこちだ。わたしたちのうち、食べ残されたものは、新しい場所に根を張ることになる。
空を飛ぶいきもののように、わたしたちを、もっと遠く運ぶものもいる。
わたしたちは、いずれも歓迎する。新しい土の味、水の味。今とは違う光の量や当たり方。それらを食(は)んではらからを増やし、わたしたちは繁茂する。
いつからか、わたしたちをもっとも遠くへ運ぶのは、二本足で歩くいきものとなった。
彼らは最初、わたしたちをすりつぶし、焼いて食べた。食べるだけなら他のいきものと変わらなかったけれど、彼らは体が大きく、その一歩は大きかった。
空は飛ばなかったけれど、彼ら同士でわたしたちを交換をした。その合間に転がり出たわたしたちは、新たな土の味を知ることとなった。
ちいさな二本足が、わたしたちのてっぺんを磨き、鋭い何かを刺すこともあった。そうされると、わたしたちはくるくるくるくる回るのだった。くるくるくるくる回って、打ち捨てられたわたしたちの一部は、その場で芽吹き、また広がった。
長い時を経て、二本足はさらに遠くまでわたしたちを運ぶようになった。
他のいきものに乗って、あるいはいきものではない何か――それらは、わたしたちの呼吸に欠かせない甘い風を吐き出した――を使って、すごい速さで。はじめに大地、次に海を。やがては空へ。
わたしたちはそうして運ばれた。水がない場所、あるいは水が熱い、冷たい場所、あまりにも光が強い場所、弱い場所。芽吹くこともかなわず、そこの土とただひとつになることも多かった。
そしていま――。
ちいさな二本足が、そのやわらかな手にわたしたちをぎゅうっと握っている。やがてわたしたちは、その湿った手から離されて、固く、水の気配もないところへと詰め込まれた。
いままで味わったことのない猛烈な力を感じ、不思議なことが起きた。根を伸ばす方向が、わからないのだ。それどころか、わたしたちはめいめいが浮かんでいた。まるで空を飛ぶいきもののように。
そうか。わたしたちはさらに、さらに、見知らぬ場所へと運ばれているのだ。わたしたちの記憶がそう告げている。
まだ見ぬ土の、水の味は。そこではどんな光が降り注ぎ、風が吹くのか。
ああ。ここには光もなく、葉を伸ばす方向もわからない。
それでも、わたしたちは、拡散の予感に満ちている。
乾ききり、冷え切ったこの場所で、その喜びに、わいている。
わたしたちは旅をし、拡散した。
たとえば、とがった歯をもついきもの。
光の量が乏しくなり、わたしたちの葉が乾くころ、彼らは何かにせかされるまま、せっせせっせと地面に穴を掘る。そこにわたしたちを運び入れ、共に眠りにつく。彼らはときどき、そのとがった歯でわたしたちをかじり、冷えてかたまったあの水が地面を覆い尽くす季節をやり過ごす。
そうしてまたわたしたちが芽吹くころ、彼らは地面からはいだし、わたしたちの枝を、葉を揺らして走り回る。
彼らが巣をつくるのはあちこちだ。わたしたちのうち、食べ残されたものは、新しい場所に根を張ることになる。
空を飛ぶいきもののように、わたしたちを、もっと遠く運ぶものもいる。
わたしたちは、いずれも歓迎する。新しい土の味、水の味。今とは違う光の量や当たり方。それらを食(は)んではらからを増やし、わたしたちは繁茂する。
いつからか、わたしたちをもっとも遠くへ運ぶのは、二本足で歩くいきものとなった。
彼らは最初、わたしたちをすりつぶし、焼いて食べた。食べるだけなら他のいきものと変わらなかったけれど、彼らは体が大きく、その一歩は大きかった。
空は飛ばなかったけれど、彼ら同士でわたしたちを交換をした。その合間に転がり出たわたしたちは、新たな土の味を知ることとなった。
ちいさな二本足が、わたしたちのてっぺんを磨き、鋭い何かを刺すこともあった。そうされると、わたしたちはくるくるくるくる回るのだった。くるくるくるくる回って、打ち捨てられたわたしたちの一部は、その場で芽吹き、また広がった。
長い時を経て、二本足はさらに遠くまでわたしたちを運ぶようになった。
他のいきものに乗って、あるいはいきものではない何か――それらは、わたしたちの呼吸に欠かせない甘い風を吐き出した――を使って、すごい速さで。はじめに大地、次に海を。やがては空へ。
わたしたちはそうして運ばれた。水がない場所、あるいは水が熱い、冷たい場所、あまりにも光が強い場所、弱い場所。芽吹くこともかなわず、そこの土とただひとつになることも多かった。
そしていま――。
ちいさな二本足が、そのやわらかな手にわたしたちをぎゅうっと握っている。やがてわたしたちは、その湿った手から離されて、固く、水の気配もないところへと詰め込まれた。
いままで味わったことのない猛烈な力を感じ、不思議なことが起きた。根を伸ばす方向が、わからないのだ。それどころか、わたしたちはめいめいが浮かんでいた。まるで空を飛ぶいきもののように。
そうか。わたしたちはさらに、さらに、見知らぬ場所へと運ばれているのだ。わたしたちの記憶がそう告げている。
まだ見ぬ土の、水の味は。そこではどんな光が降り注ぎ、風が吹くのか。
ああ。ここには光もなく、葉を伸ばす方向もわからない。
それでも、わたしたちは、拡散の予感に満ちている。
乾ききり、冷え切ったこの場所で、その喜びに、わいている。